鍵は「リアリティ」にあり!交通心理学から見た事故防止とは?

九州大学大学院 システム情報科学研究院 志堂寺和則教授
【特集:ドライブレコーダーの進化に迫る】
社有車の事故を減らすため、各企業はさまざまな取り組みを実施している。その一方で「なぜ効果が出ないのか?」といった悩みを抱く企業も多い。九州大学大学院で交通心理学などのオートモーティブサイエンスを研究している志堂寺和則教授は、「他人事ではなく自分事」として考えられる工夫が大切だという。その変化を起こすためには、どんな方法があるのか?詳細を聞いた。
交通心理学から見た「事故リスクの高い運転」とは?
――志堂寺先生が専門にしている交通心理学とは、どのような分野なのでしょうか?
志堂寺氏:交通参加者の行動特性や心理状態を分析して、事故の削減や防止につなげることが大きな目的です。本来は鉄道・船舶・航空も含まれるのですが、道路交通場面に限るとすると、交通参加者とは、歩行者や自転車・バイク・自動車のドライバーといった、道路交通に関わる全ての人を指します。
――分析した内容を、どのように事故の削減や防止へとつなげるのか教えてください。
志堂寺氏:例えば、歩行者やドライバーに向けた教育・啓発活動に活用します。そのほか、私自身の研究内容でいえば、ドライビング・シミュレータで測定したドライバーの運転行動や心理状態を、自動車メーカーと共同で行っている先進運転支援システム(ADAS)の開発に活用するケースもあります。

九州大学大学院 システム情報科学研究院 志堂寺和則教授
――心理分析を行うとのことでしたが、例えば、ドライバーの性格や特性も事故に関係するのでしょうか?
志堂寺氏:自動車教習所などで行う適性検査を通じて、事故リスクが高いといわれる性格や特性はある程度わかります。もちろん全ての人に当てはまるわけではありませんが、例えば、衝動が抑えられないタイプやせっかちなタイプ、感情が不安定なタイプなどが挙げられます。
――「カッとなった」状態がよくないのはイメージしやすいですが、反対に「気分が落ち込んでいる」状態もよくないんですか?
志堂寺氏:運転におけるベストパフォーマンスを出すには、メンタルが落ち着いた状態であることが大切です。気分が高揚している状態だけでなく、落ち込み過ぎている状態でも危険度は上がります。特に落ち込んだ状態だと、「丁寧な動作」が面倒に感じてしまう傾向があります。
運転する上で、ハンドルを切ったりペダルを踏んだりといった動作は省けませんから、何を省略できるかといえば、「確認行動」になってしまうんです。具体的に言うと、一時停止をしないといけない場面で、徐行しながら雑な確認だけで済ましてしまう、といった行動ですね。
――残念ながら、現実の道路交通ではよく見かけるシーンですね。
志堂寺氏:さらに問題なのは、安全確認を省いても、必ずしも事故は起こらない点です。結果、「雑な安全確認でも十分だ」と思ってしまうんです。ただそれは、たまたま歩行者や車がいないから助かっているだけで、事故リスクの高い運転だと言えます。
リアルなデータが当事者意識を高める
――ここまでの話を踏まえて教育や啓発を行う上での課題を挙げるとすれば、いかがでしょうか?
志堂寺氏:多くの交通参加者は、「自分が事故を起こしたり巻き込まれたりすることはない」と思っています。もちろん、実際は誰にでも起こり得るもので、そうしたリスク認識のずれが大きな問題だと考えています。
――そのずれを直すには、どうすればいいでしょうか?
志堂寺氏:交通安全の教育・啓発活動を行っても、多くの人が「頭では理解できるけど腑に落ちない」と感じ、どこか他人事と考えてしまいます。どうすれば教わる側に「自分事」として理解してもらえるか、よく検討することが大切です。
――具体的にどのようなアプローチが必要でしょうか?
志堂寺氏:重要なポイントは「リアリティ」です。先ほど触れたように、私自身ドライビング・シミュレータを用いた研究を行っていますが、その一方で、実際に運転した体験は、シミュレーションとは一味も二味も違い、強い印象を残すと感じています。
その意味では、ドライブレコーダーの録画データは実際の体験により近いものだと言えます。ヒヤリハットや事故、危険な運転行動などが蓄積されたデータベースを教育・啓発に活用できると、非常に高い効果が見込めるでしょう。
――現場の安全運転管理者がリアリティのある指導をするには、どのように取り組むべきでしょうか?
志堂寺氏:やはり、エビデンスを示しながら指導することが大切です。ドライブレコーダーの映像ならエビデンスを示しつつ状況を直感的に理解できますから、非常にわかりやすいと思います。
さらに、速度や車間距離などの数値データを組み合わせると効果的です。要するに、自分がどういう走りをしていて、歩行者や周囲の車両がどう動いていたか、画像と数値で理解できることが大切なポイントです。
――動画とデータを組み合わせると、よりリアリティが高まるということですね。
志堂寺氏:実際、数字がないと指導がしにくい面もあります。「車間距離が近いから危ないぞ」ではなくて、「前のクルマと何メートルしかないから危ないぞ」と指導できた方が効果的です。
また、動画だけに頼ると、チェックする労力が過大になる可能性があります。何時間もの運転映像から特定の状況を抜き出すのはすごく大変ですよね。数値でデータを拾えるのであれば、その点は楽になると思います。
オープンデータ化でさらなる進化も?
――映像やデータによる指導を「自分事」にするために、社内で実際に起きたシーンを使用する意義についてはどのように考えていますか?
志堂寺氏:身近な同僚たちのデータを上手く活用できれば、お互いにアドバイスできる環境を作りやすいのではないかと思います。他方、車両数が限られた中小企業だと多くのデータが集まらないことも起こり得るので、ほかの企業のデータを利用できる環境を整える必要もあると思います。
――オープンデータ化も大事だということですね。
志堂寺氏:指導に適した映像素材は、簡単に手に入るものではありません。一つの事業者にしぼって考えると、そうたびたび事故が起こるわけではないですから。そこでオープンデータを使えるようにできれば、効果的な指導にもつながると思います。
また、全てのドライバーが同じ内容を学んでも画一的過ぎて教育効果は低いかもしれません。多くのデータが集まることで、ドライバーに合わせてどういう順番で教育を進めればいいのかシステム化することも可能になるのではないでしょうか。ドライバーの特性に合わせた教育プログラムができるようになれば、学習の効率はより高まると思います。
ケースバイケースではありますが、ヒヤリハットや事故などの危険な事例をもとに指導したり、「未然に危険を察知して回避できた」といった良い事例を紹介したり、状況に応じてデータベースを上手に使いこなすことが大切になるでしょう。
これまで、導入事例などでも「自分事として考える」重要性は語られてきたが、交通心理学の専門家から意見を伺ったことで、改めてその視点がいかに大切であるかを認識する機会となった。映像やデータで「リアリティ」を示すことで当事者意識を育みながら、事故防止につなげる方法は今後現場レベルでもますますニーズが高まる、と感じさせられるインタビューだった。
社有車が交通事故を起こすと、損害賠償はもちろん、保険料のアップ、会社のイメージダウンなどさまざまな問題が発生します。
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