【特集:ドライブレコーダーの進化に迫る】

「さっき交差点を右折したとき、どこを見ていましたか?」

運転中にそう聞かれた場合、あなたは何と答えるだろうか。対向車の動きに注意を払うのはもちろん、クルマで死角になった先には歩行者や自転車がいるかもしれない。右折時に気を付けるポイントはたくさんある。

私たちは教習所で「かもしれない」運転を心がけるように教えられたはずだ。しかし、現場ではその意識が欠けていたと思われる事故がしばしば発生する。なぜそのような事態が起きるのか?

東京農工大学工学府の毛利宏教授は、ドライブレコーダーから取得した映像データを分析し、交通事故の防止に活用する研究を行っている。毛利教授と、デンソーテンの先行システム開発部で商品企画に携わる白石春樹氏との対談から、事故が起きるシーンについて考えながら、ドライブレコーダーがどのように事故防止に貢献できるか探っていきたい。

ドライブレコーダーを事故の予防に

東京農工大学工学府 毛利宏教授

東京農工大学工学府 毛利宏教授

――まずは、毛利教授の研究分野について教えてください。

毛利氏:私の研究分野は、もともと車両の運動性能のメカニズムです。過去、自動車メーカーに勤めていたころから専門にしています。その他にも研究の柱にしている分野がいくつかあって、その中に事故分析や予防安全の研究があります。

白石氏:先生の研究室では、ヒヤリハットを収集して、データベースの開発を行っているんですよね。

毛利氏:はい、「ヒヤリハットデータベース」を2005年から開発しています。データはタクシーに搭載したドライブレコーダーから取得し、事故とヒヤリハットの危険場面を抽出、現在(2021年6月時点)で登録した映像データの量は18万件を超えました。このデータベースは、事故の分析や安全運転教育システムの展開などへの活用を想定しています。

白石氏:近年では自家用車にもドライブレコーダーを搭載するようになりました。先生の目から見て、現在のドライブレコーダーを含めた交通環境はどう映っていますか?

デンソーテン 先行システム開発部 白石春樹氏

デンソーテン 先行システム開発部 白石春樹氏

毛利氏:ユーザーの視点から見ると、ドライブレコーダーの大きなメリットはやはり録画機能でしょう。例えば交通事故が起きたとき、証拠となる映像が残っていれば、事故の当事者や警察、保険会社などとのやりとりがスムーズになりますよね。いわゆる「あおり運転」の社会問題化なども重なり、ドライブレコーダーが一気に普及したのは、そういう自己防衛のためだと考えています。

白石氏:ユーザー目線からもう少し広げてみるとどうでしょうか?

毛利氏:もう一つ大事なのが、飛行機における「フライトレコーダー」のような役割です。もちろんパイロットの過失の有無を見る場合もあると思いますが、本来の目的は「飛行機に異常や欠陥はないか」とか「事故の原因は何か」を調べることにあります。私が研究にドライブレコーダーを利用しているのも、その文脈で活用するためですね。

白石氏:つまり、先ほど挙げていただいた事故の分析や安全運転教育への展開ですね。

毛利氏:そうですね。多くの交通事故は、誰でも陥ってしまうようなヒューマンエラーが原因にあります。そのエラーをひもといて、車両の開発や安全運転の推進のために役立てていきたいと考えています。

白石氏: 弊社の通信型ドライブレコーダーを導入していただいたお客様の中には、従業員に安全運転を指導する専門家がいないケースもあります。それだけに、安全運転の推進は私たちとしても重要なテーマですから、先生の研究は非常に興味深いですね。

なぜヒューマンエラーが? 交差点右折時の事例

――ヒューマンエラーにはいろいろなケースがあると思います。どう分析しているのでしょうか?

毛利氏:一つの例をお見せしましょう。「交差点右折時における歩行者事故」です。

ご覧いただいたように、自車の進行方向と反対側からの歩行者や自転車と横断歩道で接触、または接触しそうになるケースは非常に多いです。しっかり気を付けていれば、歩行者が横断しているのが当然わかるはずだと思いますよね。ですが、このパターンの事故やヒヤリハットはしばしば発生してしまいます。

白石氏:「なぜ見落とすのか」が、先生の研究だとわかるんですか?

毛利氏:今のようなシーンをドライブシミュレーターで再現して検証しました。こちらの動画を、ご自身が運転しているつもりで見てください。

画面上の「〇×□」の記号は、テストドライバーの視線を可視化したもの

気が付きましたか?実は動物のCG(鹿3頭)を歩道に配置していました。CGはクルマが交差点を曲がり始めてから出現させましたが、実際にシミュレーターで運転した人に「今、何か見えましたか?」と質問をしても、やはり見逃してしまうケースが多かったです。

交差点を右折し始める時、赤丸の位置に鹿3頭のCGが出現していた。

白石氏:どんな原因が考えられるんでしょうか?

毛利氏:注目するべきは、ドライバーの視線です。このようなケースでどういう視線の配り方をしていたか調べてみると、右折した先の道路(車道)を見てしまう傾向にありました。

交差点に進入するまでは視線がよく動いて周囲を広く確認していたんです。ですが、対向車が通り過ぎて、「さあ右折するぞ」と動き出したときには、もう自分が走る先しか見なくなるんです。そうなれば、歩行者や自転車を見落としてしまうリスクは高まりますよね。

右折の場合は、「そこに人がいるかもしれない」という認識を常に持っておく必要があるんです。

ドライブレコーダーを事故予防に生かすには?

――これらの研究を実際のサービスに生かすとしたら、どういう活用方法になるでしょうか?

白石氏:例えば、通信型ドライブレコーダーで提供している「eラーニング」機能を活用して、定期的に注意喚起の映像を発信する方法などが考えられます。先ほどのような例にしても、自動車教習所で似たケースの映像を見るはずですが、しばらくして意識が弱まっているわけですよね。ドライバーに意識付けができるだけでも事故防止に効果があると思います。

また、ジャストアイデアですがHMI(※)で誘導するサービスも実現できれば面白いと思います。例えばヘッドアップディスプレイの技術も日々進化していますし、何らかの形で応用を考えていきたいですね。

※HMI: Human Machine Interfaceの略。人と機械がやりとりするための装置・ソフトなどの総称。

eラーニング画面のサンプル

eラーニング画面のサンプル

毛利氏:以前、プロレベルのドライバーと一般的な運転技能を持つ人にハンドリングコースのコーナリングなどでテストドライブをしてもらい、運転中の視線を記録したことがあります。すると、前者の視線は安定していますが、後者は右に行ったり左に行ったり案外定まらないことがわかりました。

白石氏:当社のお客様からも、ベテランと新人では運転中どこに視線を配っているのか差があるという話を聞いたことがあります。

毛利氏:はい、視線の配り方は運転する上で非常に大切な要素だと思っています。

白石氏:視線をトラッキングできるようなデバイスを開発して細かく分析すれば、「安全な視線の配り方」を見える化することが可能かもしれません。

現在の通信型ドライブレコーダーは細かい視線の動きとまではいきませんが、インカメラで顔の向きなどは記録できます。例えばそのデータを使って何かサービスに応用できないか、毛利先生と一緒に研究できればおもしろいですね。

2020年中に発生した交通事故の件数は、警察庁の統計によると30万9,178件(※)。前年と比べて7万2,059件減少した。年々事故の数は減少傾向にある。ADAS(先進運転支援システム)を搭載した市販車が続々と登場している現状などを考えると、これからもこの傾向は続くと思われる。

そして、今後さらに減少スピードを加速させるためには、ドライブレコーダーをはじめとした車載器の進化も不可欠だろう。取材を通じ、ドライバーの挙動を分析する手法には高いポテンシャルがあると感じた。今後のサービス革新に期待が高まるところだ。

※出典:警察庁Webサイト

https://www.npa.go.jp/publications/statistics/koutsuu/toukeihyo.html