コネクティッド技術の進展によって、ドライバーは道路状況や現在地の周辺で利用できるサービスなど、さまざまな情報を運転しながら得られるようになった。
その流れに呼応するように、膨大になった情報をドライバーにどのように伝えるべきか、つまり「人と機械のコミュニケーション」についても重要度が高まった。

株式会社デンソーテン(以下、デンソーテン)は、同社の通信型ドライブレコーダーから取得したデータを今後さまざまなサービスへと活用する上で、まさに情報の伝え方が鍵になると見据えている。
同社が共同研究に取り組む、大阪大学大学院基礎工学研究科 吉川雄一郎准教授と、デンソーテンの先行システム開発部で商品企画を担う山本智春氏との対談を通じて、AIやロボットが近い将来モビリティサービスとどう関わるのか考えていきたい。

【特集:ドライブレコーダーの進化に迫る】

――吉川先生は、これまでずっと「人と機械のコミュニケーション」の分野を研究してきたんですか?

吉川氏:元々は「赤ちゃんロボット」の研究が始まりです。赤ん坊のように成長・発達するロボットを目指して、見て動きを真似たり声真似をしたりするロボットを作りました。その後、2005年ごろから人と会話するロボットの研究を始め、2010年ごろから人のコミュニケーションをサポートするロボットの研究に注力し始めました。

さまざまなテストを繰り返すうち、ロボットを複数で動かした方がコミュニケーションをとりやすいとわかったんです。今回デンソーテンと行った共同研究は、私が興味を持っている「人と複数のロボットのコミュニケーション」と上手く関連させながらテーマ設定を行うことができました。

――確かに、人間同士でも複数で話した方が、円滑に会話を進められるケースは多々ありますね。

山本氏:例えば家族の会話を想像すると、高齢者や子どもたち、それぞれが少しずれた話をしているのに、なぜか会話が成立しているケースはありますよね。

吉川氏:人間同士の会話を想定すると、一対一で話す場面では、お互いが内容を理解していないと話が進まないケースが多いです。しかし複数だと、話がどんどんずれていっても不思議と会話が成立しますし、ずれたこと自体も許容されます。AIにおいてもこれと同様に、会話のつじつまが合わず完全には理解できなくとも、破綻させないよう話し続けることを重点に置いて開発した方がよいのでは、と考えています。

吉川氏単独

吉川氏

ドライブレコーダーのデータを「上手く伝える」には

――デンソーテンは通信型ドライブレコーダーの展開を通じて、取得したデータを活用したさまざまなサービスを展開していますよね。

山本氏:はい。通信型ドライブレコーダーはクラウドサーバーと接続していて、事故も含めた危険なシーンをAIが自動で抽出しています。

取得した運転データは、運転行動を点数化して安全運転ランキングを作成する機能や、録画映像をもとに安全運転教育の教材を作成する機能に活用できます。

通信型ドライブレコーダーのシステム概要

現在もデータを活用したさまざまなサービスを開発していますが、「人にどう情報を伝えるのか」を突きつめる姿勢は変わりません。

技術がいくら進歩しても、ヒューマンエラーは無くなりません。また、ADAS(先進運転支援システム)を使用していても、センシングだけでは避けられない事故は起こり得ます。それを回避させるため、ドライバーへ危険な地点などの情報をいかに上手く伝えるかが大事だと考えています。

山本氏単独

山本氏

 

――大阪大学とデンソーテンの共同研究は、その「上手く伝える」ことに焦点を当てたのですか?

吉川氏:はい。二体のAIエージェントによる対話をドライバーに客観的に聞かせることで、通知の受容性が高まるのではないかという仮説を立てて検証しました。コネクティッドサービスが進展した現在では、システムが状況を先読みしてドライバーに多様な情報を通知できるようになりました。しかしその反面、情報があまりに多すぎるとドライバーが許容できず、理解しにくくなります。

その対策として検証したのが「情報の根拠を付加すること」で、これにより信頼度を高めることができます。さらに、今回の検証ではドライバーがより情報を受け入れやすくするため、ヒヤリハットの通知をAIエージェントによる対話システムで行いました。

ドライブシミュレーター上で、通知内容をヒヤリハットに限定し、「根拠説明を伴わない通知、エージェント一体で根拠を伝える通知、二体で根拠を伝える通知」の三種類を比較しました。その結果、エージェントによる通知を用いることで、ドライバーの減速量が大きくなることが示されました。

ドライビングシミュレーターで車を運転

――情報のみを一方的に通知するのではなく、「情報の根拠」も伝えた方が効果的だとわかったんですね。

山本氏:二体のAIエージェントを用いる例で言うと、進んだ先に危険なポイントがある場面で、片方が「この先、気を付けてください」と言うと、もう片方が「え、どうして?」と応答します。その後、「人の飛び出しが多発するため、接触事故が起こっています。」「それなら、注意しないといけないね。」という会話を聞かせるイメージです。ただ単に、「気をつけてください」と言われた時に、ドライバーが抱く「どうして?」という疑問を代弁する立場をAIで作るというのが、今回の共同研究の目的です。

吉川氏:わかっていることを改めてシステムから言われると、ドライバーが心情的に反発してしまう懸念もあります。そこで、怒られたり教えられたりするエージェントを別に用意して、複数のエージェントの会話を通じて知らせることで、反発を回避することも可能だと考えています。

安全運転を「自分事」にする

――AIによる自然な会話を用いると、ドライバーにも伝わりやすくなるんですね。通信型ドライブレコーダーの場合、どういう応用を想定しているのでしょうか?

山本氏:例えば、先ほど挙げた安全運転教育の教材への活用が考えられます。既存の「e-Learning」機能では、社用車の運転中に起きたヒヤリハット映像をもとに学習資料を作ることができます。

e-ラーニングの画面サンプル

e-ラーニングの画面サンプル

 

――導入企業が従業員向けに、安全運転の教育コンテンツとして使うんですよね。

山本氏:はい。一方で、通信型ドライブレコーダーを利用するお客様の多くは営業車に導入していますので、運転するのはプロのドライバーではありません。また、ドライバーを管理・指導する立場の方も、日々の業務が別にある状況では教育コンテンツ作成機能をなかなか使いこなせないという声も頂いています。そこで、情報の伝え方や接し方を工夫できないかと考えています。

――先ほどのAI研究をどう生かすのでしょうか?

山本氏:取得した情報を活用してドライバーを教育する一つの手段として、LINEなどのメッセージアプリを利用して、対話型で情報を伝える方法があります。例えば、先週の運転履歴をAIが分析して、「車間距離を詰めすぎですよ」と会話しながら伝えるイメージです。

――その会話に、複数のAIエージェントが参加するシーンを想像すると面白そうですね。

吉川氏:複数のAIエージェントが会話する効果は先ほど話したとおりです。また、共同研究とは別に、複数の人間がロボットを共有する研究も行っています。メッセージアプリのチャットボットを利用し、例えばグループ内チャットで人間同士が会話をしていると、そこにAIエージェントが噂話などで参加してくるという実験です。AIが会話に加わることでよりコミュニケーションを円滑にし、グループに参加する人間同士もより仲良くなれるのではという効果も狙っています。

例えばこれを安全運転の教育に応用するとすれば、AIが「Aさんの運転危なかったよ」とグループに話題を提起したり、映像を流したりすることができそうです。グループ内の出来事なので「他人事」でなく「自分事」として聞けるでしょうし、言いにくいことも同僚や友人同士ならお互いに注意しやすいかもしれません。そういう取り組みができれば面白いですね。

山本氏:AIやロボットを通じて情報を客観的に伝えながら、いかに「自分事」として共感してもらえるか、考えていきたいですね。

雑談風景

AIが人間とインタラクティブにやりとりができる未来は、すぐ近くまでやって来ている。そんな予感を抱かせる対談だった。自動車業界ではCASE領域をはじめ、さまざまな技術・サービスが急速に発展しているが、依然として交通事故の撲滅は実現していない。AIを活用して安全運転意識をより根付かせる取り組みが、事故の無い未来の種となることに期待したい。