自動車は私たちの便利な生活を支えてくれるだけでなく、会社が所有する「社有車」として経済活動にも貢献しています。しかし、一歩間違えれば交通事故を引き起こすリスクがあり、そのリスクに備えることは企業の大きなテーマと言えるでしょう。企業が事故の防止・削減に取り組む際、中心となるのが「安全運転管理者」です。一体どんな仕事なのかこの記事で勉強していきましょう!

【この記事はこんな人におすすめ!】

  • 社内の安全運転管理についてゼロから勉強したい人
  • これから安全運転管理者をめざす人

 

神戸市内の食品メーカーに勤めるAさんは、この4月に人事異動で総務部へと配属されました。従業員およそ100人のAさんの会社では、総務部が行う仕事は人事や法務など多岐にわたります。Aさんは新鮮な気持ちで日々の業務に取り組んでいました。そんなある日、社長や役員も出席する社内会議の場で、「社有車の運用」について話題になりました。

社長はつい最近、悲惨な交通事故や危険運転の現状を特集する報道番組を見たそうで、「うちの会社は安全運転対策をちゃんとやっているのか?」と総務部に向けて質問を投げかけました。ちなみに、Aさんの会社では10台の社有車を運用しており、社長や役員の送迎車を除いて大半を営業部の従業員が使用しています。

Aさんの上司にあたる総務部長は、社長からの問いかけを受けて「安全運転管理者を中心に、日々の業務でしっかり取り組んでいます」と回答し、何度か言葉を交わして社長も納得したようでした。

明るい会議室でミーティングをしているビジネスマン

ところが、総務部に入ってまだ日が浅いAさんにとっては、部内に「安全運転管理者」というポジションがあるとは初耳です。会議の後、総務部長にその件について尋ねてみると、「大事なことだから、この機会に勉強してみるといい」と、一人の先生を紹介されました。

突然のことでAさんは困惑します。ですが、日々ニュースで流れる悲惨な交通事故を見て、「もし自社の従業員がこんな事故を起こしてしまったら」と不安を抱いたこともあります。そこで一念発起して、社内の安全運転管理について学ぶことにしました。

みなさんもAさんと一緒に企業における安全運転管理について考えていきましょう。

講師:楠田悦子
心豊かな暮らしと社会のための移動手段やサービスの高度化、環境を考える活動に取り組む。モビリティビジネス専門誌「LIGARE」創刊編集長を経て2013年に独立。国土交通省のMaaS関連データ検討会、SIP第2期自動運転ピアレビュー委員会などの委員を歴任した。編著に「移動貧困社会からの脱却:免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット」。

「安全運転管理者」はどういう場合に必要?

――早速Aさんは、総務部長に紹介された専門家へ連絡し、直接会って話を聞くことにしました。

楠田:こんにちは、Aさん。楠田と申します。今回は企業の安全運転管理について勉強したいと伺いました。

A:はい、この度はよろしくお願いします。早速ですが、何から勉強すればいいかサッパリわからなくて……。私は総務部に配属されて間もないので、そもそも安全運転管理者が普段どんな業務をしているかも知らないんです。

楠田:そうなんですね。では今回は、知っておくべき基礎知識を説明していきましょう。

「安全運転管理者」とは、読んで字のごとく「安全運転の管理を行う人」。社有車を運転する従業員への教育など、職場の安全運転を確保するためのさまざまな業務を行うポジションですね。ところで、Aさんの会社では、現在どなたが安全運転管理者を務めているんですか?

A:上司に確認したら、総務部で20年以上働いているベテラン社員の方が担当しているそうです。ところで、安全運転管理者って必ず社内で任命しないといけないですか?

楠田:必須かどうかは、会社で社有車をどう運用しているかによって変わります。道路交通法第74条の3で、「自動車の使用者(中略)は、内閣府令で定める台数以上の自動車の使用の本拠ごとに(中略)、安全運転管理者を選任しなければならない」とあります。

A:弊社の場合は、主に営業部が日々の業務で移動するために10台の社有車を運用しています。その場合はどうなるのでしょうか?

楠田:安全運転管理者を選任しなければならない条件は、こちらの表を見てみましょう。

道路交通法施行規則 第9条の8、第9条の11

参考:道路交通法施行規則 第9条の8、第9条の11

 

楠田:Aさんの会社の場合は、10台の社有車を運用しているということなので、安全運転管理者1名を選任する必要がありますね。

また、現在のAさんの会社の場合は必須ではありませんが、20台以上の自動車を使用する事業所の場合は副安全運転管理者を選任する必要もあります。

A:よくわかりました。例えば、弊社が10台の社有車を追加導入した場合は副管理者を選任する必要があるんですね。

楠田:その通りです。ちなみに安全運転管理者の選任は自動車の使用の本拠ごとに行う必要がある点にも注意してください。もしAさんの会社が追加の10台を別の支店や営業所で運用する場合は、別にもう一人の管理者を選任しないといけませんからね。

知っておきたい安全運転管理者の7つの業務

A:安全運転管理者の選任は法律で定められているんですね。業務内容なども何か決まりがあるんでしょうか?

楠田:安全運転管理者の業務は「道路交通法施行規則」に定められていて、具体的には以下の7項目があります。

  1. 運転者の適性等の把握
    自動車の運転に関する運転者の適性、技能および知識、道路交通法などの法令遵守の状況を把握するための措置を講ずること。
  2. 運行計画の作成
    最高速度違反、過積載、過労運転、放置駐車の防止などに十分配慮して、自動車の運行計画を作成すること。
  3. 交替運転者の配置
    運転者が長距離の運転または夜間の運転をする場合、疲労等により安全な運転を継続できないおそれがあるときは、あらかじめ交替するための運転者を配置すること。
  4. 異常気象時等の措置
    異常気象や天災などを理由に、安全な運転の確保に支障が生じるおそれがあるときは、運転者に対する必要な指示その他安全な運転の確保を図るための措置を講ずること。
  5. 点呼や日常点検による安全確保
    運転者に対して点呼を行う等により、自動車の点検の実施および飲酒、過労、病気その他の理由により正常な運転ができないおそれの有無を確認し、安全な運転を確保するために必要な指示を与えること。
  6. 運転日誌の備え付けと記録
    運転者名、運転の開始および終了の日時、運転した距離その他自動車の運転状況を把握するため必要な事項を記録する日誌を備え付け、運転を終了した運転者に記録させること。
  7. 安全運転の指導
    運転者に対し、自動車の運転に関する技能、知識その他安全な運転を確保するため必要な事項について指導を行うこと。

(参考:道路交通法施行規則第9条の10)

A:想像していたよりもずっと細かい決まりですね。例えば、一つ目の「運転者の適性」などはどうやって把握するんですか?

楠田:施行規則には「把握するための措置を講ずること」とあるだけなので、その方法は会社ごとに異なります。具体的には、運転者の情報をまとめたデータベース(台帳)を作成するなどの方法がありますよ。

A:そういえば入社時に運転免許証のコピーを会社に提出した記憶があります。それが台帳づくりの一環だったのかもしれませんね。

楠田:運転免許の有効期限や運転できる車種だけでなく、事故や違反歴も把握しておいた方がいいでしょう。また、プライベートで起こした違反でも、免許の停止や取り消しになったら当然社有車も運転できませんから、万が一従業員がそういう状況に陥ったとき、すぐに会社へと報告できるようルールや仕組みを設けておくのも重要です。

そのほかにも、適性検査や健康診断の結果などを記録しておいて、一人ひとりの特性を把握して安全運転に関する指導に生かせることができれば理想的ですね。

運転

すぐにはなれない?安全運転管理者の資格要件

A:安全運転管理者の業務は想像以上に大変そうですね。ところで、私のような未経験者でもすぐになれるものなんですか?

楠田:安全運転管理者は、下記のような「資格要件」があります。

道路交通法施行規則 第9条の9

参考:道路交通法施行規則 第9条の9

 

A:あ、私の場合は「2年以上の実務経験」を満たしていないですね。実は今の管理者を務めている先輩は、あと数年もすれば定年退職なんです。その後は私が引き継ぐことになるかもしれないので、よく覚えておきます。

楠田: ちなみに、届出にも決まりがありますよ。今のご担当者が安全運転管理者に選任された際は、選任から15日以内に管轄の警察署から公安委員会に届出をしたはずです。例えば定年退職を理由に解任となる場合や、新しい管理者を選任する場合も同様に届出が必要ですから、覚えておいてくださいね。

参考:道路交通法第74条の3 第5項

自動車の使用者は、安全運転管理者又は副安全運転管理者(以下「安全運転管理者等」という。)を選任したときは、選任した日から十五日以内に、内閣府令で定める事項を当該自動車の使用の本拠の位置を管轄する公安委員会に届け出なければならない。これを解任したときも、同様とする。

本日のまとめ!

A:楠田さん、いろいろご説明ありがとうございました。実際にお話を聞くまでは安全運転管理者がどんな仕事をしているのか全く知らなかったので、とても勉強になりました。

楠田:こちらこそ、熱心に学んでくださってありがとうございます。今後もしAさんが安全運転管理者を目指すなら、本日説明した内容はぜひ知っておいてください。

A:弊社は10台の社用車を運用しているので、安全運転管理者の設置は義務付けられているんですよね。そのほか、管理者の業務内容が7項目にわたり細かく決まっているとは意外でした。実際に弊社がどうやって運用しているのか、興味が湧いてきました。

楠田:それはいいですね。現場での運用方法については次回説明します!

A:この先私が管理者を目指す場合は、2年以上の実務経験などが必要になるんですよね。総務部の先輩から指導を受けながら管理業務をできないか、今後の仕事内容についても社内で話し合ってみます!

今回のまとめ

  • 使用する自動車が事業所に5台以上あれば、安全運転管理者を任命すること!
  • やるべき業務は「運転者の適性等の把握」など7項目
  • 資格を得るためには年齢や違反の有無、実務経験などが関係

安全管理者は必要?フローチャートでかんたんチェック

[参考資料]
『安全運転管理の基本業務』企業開発センター交通問題研究室