安全運転管理者として知っておきたいのが、社有車の運転中に起きた事故や、事故の一歩手前である「ヒヤリハット」の情報です。交通事故の削減や防止を目指すにあたり、どういう状況が危険なのか、あるいはどんな危険が潜んでいるのか理解しておく必要があります。また、運転中の危険な要素を知ることは、実際に運転する従業員にとっても重要です。具体的にどのような方法があるのか見ていきましょう。

【この記事はこんな人におすすめ!】

  • これから安全運転管理者をめざす人
  • まずは交通事故に関する基礎知識をインプットしたい人
  • 安全運転教育の具体的な方法を知りたい人

 

講師:楠田悦子
心豊かな暮らしと社会のための移動手段やサービスの高度化、環境を考える活動に取り組む。モビリティビジネス専門誌「LIGARE」創刊編集長を経て2013年に独立。国土交通省のMaaS関連データ検討会、SIP第2期自動運転ピアレビュー委員会などの委員を歴任した。編著に「移動貧困社会からの脱却:免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット」。

生徒:Aさん
神戸市内の食品メーカーに勤務。この4月から人事異動で総務部へと配属された。ある日、社内で「安全運転に関する取り組み」の話題が出たことをきっかけにして、ゼロから勉強することになった。
これまで安全運転管理者の基礎知識や業務内容、さらに自社で運用する社有車の利用傾向の把握の仕方や管理方法について学んだ。

交通事故の基本的な傾向を知ろう 

楠田:前回お話しした運転日報の運用について、その後社内で話し合ってみましたか?

A:はい、先輩の安全運転管理者に提案してみたところ、日報の電子化を中心に新しい運用方法を検討することになりました。実際に社有車を使っている営業部門に、どう運用すれば業務負担が軽減されるかヒアリングする予定です。

楠田:これから具体的な運用方法を検討するんですね。ヒアリングまでに何か知っておきたいことはありますか?

A:実はつい先日、自社で過去に起きた事故の報告書を調べる機会があったんです。それらを見ていくうちに、私は交通事故に関する一般的な知識が欠けているなと思いまして……。

楠田:一般的な知識というと?

A:例えば車両単独でガードレールに接触する事故もあれば、走行中に複数車両が追突する事故もありますよね。事故が起きる状況は多種多様ですが、どういう場面に事故のリスクが潜んでいるのか、ほとんど知識がないなと気付いたんです。

楠田:なるほど。安全運転の施策を検討する立場ですから、まずは事故が起きやすい具体的な状況を知っておくのも重要ですね。では、今回は交通事故の統計データを始めに見ていきましょう。

ちなみにAさんは交通事故が年間で何件くらい起きているかご存知ですか?

A:年々減っていると聞いた記憶はありますが……。どれくらいか、ちょっと想像がつかないですね。

楠田:2019(令和元)年の統計では381,237件。おっしゃる通り、2004(平成16)年から減少傾向が続いています。

令和2年中の交通事故の発生状況

出典: 警察庁交通局『令和2年中の交通事故の発生状況』

 

A:およそ38万件ですか。単純計算で1日あたり1,000件以上の事故が起きていると考えると、決して少ないとは言えないですね。

楠田:事故の件数だけでなく死者数も減少を続けています。交通安全基本計画などの国を挙げた対策の効果や、衝突被害軽減ブレーキなどを実装した先進安全自動車(ASV)の導入などが要因だと考えられます。しかし現在でも、いまだにこれだけの事故が起き、多くの方が亡くなっています。「いつどこで交通事故が起きてもおかしくない」という前提で、対策を考えないといけませんね。

次に、事故のタイプ別に見ていきましょうか。こちらのグラフをご覧ください。

令和2年中の交通事故の発生状況

出典: 警察庁交通局『令和2年中の交通事故の発生状況』

 

楠田:この道路形状別のデータを見ると、交差点や交差点付近での事故が半数以上を占めているのがわかりますね。

A:そうですね。単路よりも交差点に危険が多いのは想像できます。でもドライバーからすると、危険なのはわかっているから注意して運転する面もあると思うのですが。

楠田:十分に注意していても、残念ながら事故は起きてしまうものです。ドライブレコーダーの映像データを交通事故の防止に活用する研究を行っている、東京農工大学の毛利宏教授は、一つの原因について言及しています。

交差点右折時の歩行者事故を例に、ドライバーは「交差点に進入するまではよく周囲を確認しているが、右折しようと動き出してからは、自分が右折した先の道路(車道)を見てしまう傾向がある」というのです。

「右折時どこを見ていますか?」ドライブレコーダーの事故防止への活用を探る!

A:気を付けているつもりでも、知らずに歩行者や自転車を見落としかねない行動を取ってしまっているんですか。確かに、教習所で「かもしれない」運転を心がけろと教えられましたが、全員が実践できているとは言えませんよね。

楠田:免許をとって間もないころは十分に気を付けていても、慣れることで漫然と運転してしまうようになるかもしれません。社有車を運転する場合は、ドライバーが安全運転を維持できるように管理体制を構築することが重要ですね。

ヒヤリハットを調べると事故防止につながる?

楠田:ところで、ひとつ間違えれば大きな事故につながりかねない「ヒヤリハット」も日々至る所で起こっています。「ヒヤリハット」は工場などでもよく使われる用語ですから、食品メーカーで働くAさんも聞いたことがあるんじゃないでしょうか?

A:確かに何度も聞いたことがあります。道路交通でも使う用語なんですね。

楠田:先ほどAさんの会社には事故報告書があるとおっしゃっていましたよね。それに加えて、事故の一歩手前と言えるヒヤリハット事例を集めて、事故の防止や削減に活用する方法もあるんですよ。

ヒヤリハット調査票

ヒヤリハット調査票(出典:国土交通省自動車局)

 

楠田:こちらが「ヒヤリハット調査票」です。国土交通省が事業用自動車、つまりプロドライバー向けに作成した資料ですが、Aさんの会社のように社有車を運用する企業にも活用できると思います。

A:こんな書類があるんですね。よく見るとヒヤリハットが起きた時の詳細な状況や、今後の対策などを記入する形式なので、交通事故が起きた時の事故報告書と同じような内容で作れますね。

楠田:事故報告書の大きな目的は、事故が起きた際に再発防止策を検討することです。もちろんそれも大事ですが、さらにヒヤリハットが起きた状況を記録するようにすれば、事故が起きる前に対策を実行できるわけですから、未然に事故リスクを下げることが期待できます。

映像データを活用した安全運転教育とは?

A:ヒヤリハットの時点で調査する重要性はよくわかりました。ただ、運転日報の電子化を検討しているところなので、新たに紙の調査票を増やすのは避けたいなというのが本音です。何か良い方法はないでしょうか?

楠田:もともと運転日報の電子化は、営業活動の負担にならないようにするためでしたね。それでしたら、例えば通信型のドライブレコーダーで自動化する方法もありますよ。

下記の例のように、ヒヤリハット映像を自動で抽出する機能を搭載したドライブレコーダーを活用すれば可能です。

ヒヤリハット映像解析の説明

ヒヤリハット映像解析 (資料提供:デンソーテン)

 

A:こんな方法があるんですね。確かに自動化できれば書類作成の手間が省けます。

楠田:もう一つ重要なポイントが、素早く情報を共有できる点です。事故やヒヤリハットが発生した時点でスピーディに情報共有できれば、安全運転管理者は具体的な対応策を取りやすいですし、他のドライバーへの注意喚起もすぐに行えます。その後、対策を協議する際にも映像が残っているので、社内で共有しやすい点もメリットです。

A:いろいろなメリットがあるんですね。そのほかにも映像データはたくさんの用途で活用できそうだと感じました。

楠田:その他の活用例ですと、ヒヤリハット映像を利用して社員教育を行う「eラーニング」などがありますよ。社内で起こった実際の映像を使用できますから、ドライバーも当事者意識を持ちながら安全運転について考えることができます。

「eラーニング」サンプル

「eラーニング」サンプル(資料提供:デンソーテン)

 

楠田:実際の映像を使った安全運転教育の一例として、他には日本自動車連盟(JAF)が配信している「交通安全3分トレーニング(※)」があります。映像教材以外にも、自動車事故対策機構(NASVA)が発行している「危険予知トレーニングシート」などがあります。

JAF「交通安全3分トレーニング」

https://jaf.or.jp/common/safety-drive/online-training/traffic-safety-movie/3-minutes-traning

NASVA「危険予知トレーニングシート集」

https://www.nasva.go.jp/fusegu/kikenbus.html

楠田:このように、事故につながる危険を事前に予測して、回避行動をとるための訓練を「危険予知トレーニング(KYT)」と呼びます。継続的にトレーニングを続けることで、安全運転意識の向上を目指すものです。

A:日ごろから継続してトレーニングすることが大事なんですね。

楠田さん、今回の講義も大変勉強になりました。交通事故の傾向を理解できただけでなく、事故やヒヤリハットを記録する方法や、日々の安全運転意識を高めるトレーニングなど、新たに学んだことがたくさんあります。

とはいえ、現在進めている日報の電子化と併せて、ヒヤリハット調査や危険予知トレーニングなど一斉に導入すると、管理側も現場も混乱する可能性が高いです。会社の実情を踏まえてよく検討しないといけませんね。

楠田:おっしゃる通りだと思います。では、次回はこれまで学んできたことをおさらいしながら、Aさんの会社ではどういう方針で進めていけばいいか、一緒に考えていきましょう。

【今回のまとめ】

  • 2019(令和元)年は381,237件の交通事故が発生。その多くは交差点で起きている
  • ヒヤリハットを調査することで事故の未然防止につながる
  • ヒヤリハット映像の自動抽出が可能な通信型ドライブレコーダーもある
  • 映像データは危険予知トレーニング(KYT)など、安全運転教育にも活用できる